うな肌ではなく、蜜柑のような肌だ。またね、それが水菓子屋の娘の言う言葉なのか。俺は彼女と別れてから、ぺっぺっと唾を吐いた。
それきり、もう彼女とは逢わないことにしている。何が征服だ。彼女から征服されたに過ぎないではないか。
彼女がいなくなっても、永久にいなくなっても、俺は何等の痛痒も感じない。だが、行き倒れみたいな女が、その足先の捨て仔猫といっしょに、いつしか姿を消してしまったことについては、俺と全く無関係なことではあるが、心にちょっと冷たい風が吹く思いだ。この思いを、地下室は嘲笑いはしないだろう。
地下室の中の死体は、あの焼け爛れた死体も、アルコールの中にぶかぶか浮いてるだろう死体も、病院に買い取られた無縁のものではあっても、嘗ては誰かの血縁の者であった筈だ。その血縁のつながりが、つまり人間のつながりが、深夜になって囁くのだ。
「早く行け、早く行け。」
怪談ではない。悲しい遣る瀬ない心の囁きなのだ。いずこかへ姿を消した行き倒れの女も、同様に囁く。
「早く行け、早く行け。」
あの仔猫でさえも、同様に俺に囁く。
どこへ行ったらよいのか。――俺は死にかけてる母のところへ戻ってい
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