そうでないことが分ると、胸糞が悪くなるような温気を残して走り去る汽関車に対して私は妙に腹が立ってきた。特にその後に長く続いて人を馬鹿にしたようにごとごととぬるい速度で走り去る真黒な貨車を見ていると、老耄《おいぼれ》た無能な醜い悪魔を見るような心地がして、私はいつもそれが通りすぎた線路の上にかっと唾《つばき》をした。
 十二時すぎには乗客はいつも少なかった。特に反対の方へ行く電車が先に来て半数ばかりに取り残される時には、夜更けの寂しさが俄に感ぜられた。皆知らず識らずに歩廊の端に歩み寄って、其処に一群れをなして佇みながら、自分達の電車のくるのを待っていた。
 最初はちらちらと遠くに青いスパークが見え、次に明るいヘッドライトにレールが輝らし出され、その上をすうっと電車が走って来て、瞬く間に車台が自分の前に止る時、私はほっと蘇るような心地がした。腰掛は大抵空いていた。まばらな乗客は皆黙ってぼんやり眼を開いていた。首を垂れて眠ってる者もあった。皆が安心しきってるようで、また疲れてるようであった。私はクッションの上にどかと身を落して、白い天井についてる電灯の光りをまじまじと見上げながら、煙草を吸っ
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