微笑
豊島与志雄
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)国許《くにもと》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「臣+頁」、第4水準2−92−25]
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私は遂に女と別れてしまった。一つは周囲の事情が許さなかったのと、一つは私達の心も初めの間ほどの緊張を失ってしまっていたのと、二つの理由から互に相談の上さっぱりと別れてしまった。一切の文通もしないことにした。其後女は、下谷から芳町の方へ住替えたとも風の便りに聞いたが、別に私の好奇心をも唆らなかった。私は何物にも興味を失っていた。長い間のだらけ切った生活が、憂欝な退屈な重みとなって私自身の心のうちに返ってきた。私は自分の家に、八畳と六畳との素人下宿の二階に、ぼんやり日を暮すことが多くなった。其の頃私は○○商会の翻訳を受持っていたが、それも不自由しないだけの金は国許《くにもと》から送ってくるし時間の束縛の多い職務に極めて物臭《ものぐさ》であった私が選んだ地位だけあって、収入は多くないが至って呑気なもので
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