あった。私がよくぼんやり日を送っているのを見て、宿のお上さんは度々私に結婚を進めて、候補者と称する女の写真まで二三枚持って来て見せたが、そういうことも私には面倒くさかった。貧乏な齷齪した生活をしてる者にとって今の社会が憂欝である如く、生活に困らない自由な呑気な者にとっても今の社会は憂欝であることを、私はつくづく経験した。
然しそういうのは、当時の私を包んでいる雰囲気であって、心の底には私は二つの考えを持っていた。
その一――今の社会の状態に在っては、誰も彼もが欠伸《あくび》をしている。金持ちも貧乏人も、忙しい者も閑な者も皆同じような一日一日をつみ重ねていって、それで一生の墓を築いている。こういう風にして世の中が続いて行ったら、遂にはどうなるだろう。皆が欠伸と倦怠とのうちに死滅するようになったら、どうだろう。考えてもたまらないことだ。凡そ憂欝な退屈くらい人間を毒するものはない。それに今の社会は、全くこの事に侵されてしまっている。このままでいいものだろうか。
その二――今の社会では、皆が何かしら歯をくいしばっている。皆不満なのだ、皆何かしら満たされない慾望に囚われているのだ。所がそれ
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