家もよく存じないものですからついでに、お宜しかったら、失礼をお願い出来ますれば……。」
これは少し乱暴だと私は思った。却って私の方が誘惑されてる形になってしまった。それで何とか云おうと思って暫くもじもじしているうちに、どやどやと三人の学生が階段をかけ下りて来た。するとすぐに電車が来た。
「では宜しゅうございますか。」そう云って女は先に電車に乗ってしまった。
其処へ村瀬がやって来た。私達は顔を見合して微笑した。例の男は、後ろの方に立っていた。
電車に乗ろうとする村瀬の袖を私は一寸捉えた。村瀬は私の顔を見返したが、すぐに私の意を察したらしかった。私達は何気なく電車の後部の方へ歩いて行った。そして電車が一寸動き出したと思う瞬間に、二人共車掌台の所へ飛び乗ってしまった。
その時である。かの男は向うで私達の素振りを窺っていたが、私達が飛び乗ったのを見ると急にかけてきて、同じく飛び乗ろうとした。と一方では、先に乗った女が私達を心配して車掌台の所へ出て来た。
「まあ何をしていらしたの」と彼女は云った。村瀬と私とは大声に笑い出した。それがいけなかったのだ。その笑声を聞いて、男は一寸身体の力をゆ
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