はふと不気味な恐怖に襲われて、側の女を顧みた。すると彼女も私の方を顧みて、眼で微笑んだ。頬の肉の豊かな、口の大きい眼に表情のある女だった。真白に白粉をつけていたので、電灯の薄ら明りと雪の反射との妙に陰影の無い明るみのうちに、その顔がぽかりと浮出して見えた。
「何処までおいでです。」と私はまた云った。
「あの清水町まで行くのでございますが。」
私は自分が本当に芝居をしているのか、夢を見ているのか、分らないような気持ちになった。夜更けの小駅と雪と女と怪しい男と、それが一つに融け合って夢のような幻を作った。私は黙っていた。
「清水町へ行きますにはやはり公園をぬけて行ったが宜しゅうございましょうか。」と此度は女の方から云った。「急用で参りますのですが、よくあの辺は存じないものですから。」
「そうですね。もう遅いから公園下をお廻りになった方がいいでしょう。私も丁度あちらへ帰りますから御案内しましょう。」
「そう願えますれば本当に安心致します。御迷惑でございましょうけれどどうか……。」
「なについでですから、お送りいたしましょう。」
「まあ私本当に安心いたしましたわ。屹度ですわね……そして向うの
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