私達の外には商人体の二人連れの男と女中らしい一人の女とだけだった。皆待合所の中にはいっていた。時機は絶好だった。私は村瀬を其処に残して、向うの柱の影に立ってる女の方へ歩いて行った。女はちらと私に微笑みかけたが、急にわきを向いて取り澄した顔をした。
 私は暫く立っていたが、やがてこう云った。
「馬鹿に冷えますね。」
「はあ。」
 妙な返事だと私は思った。
「然し風が無いので助かりますね。」
「ほんとにね。」と云ったが、此度は彼女は調子を変えた。「随分電車が遅うございますこと。」
「そうです。こんな晩に待たせるのは不道徳ですよ。」
「まあ不道徳ですって……。」
 その時かの男が待合所を出て私達の方へ歩いてくるのを、私は横目で認めた。彼は四五歩先の方へ立ち止って、線路の上を遠く見渡すような様子をした。
 私達は一寸黙っていた。真黒な空から落ちてくる雪片が、向うの石垣を背景にして白く浮いて見えた。それをじっと見ていると、自分の身体も雪と共に地面に舞い落ちてゆくような気がした。すぐ前は低い線路で、その青白い色に光っているレールが、凡てのものを或るカタストロフへ引き寄せようとしているらしかった。私
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