と朝から雪が降り出した。村瀬にきき合せようと思ったが、彼の番地を記憶していないので、無駄足をしても大した損ではないと思って出かけた。
雪は小降りではあったが、夜になっても止まなかった。往来は泥濘が深く、屋根や木の枝は白くなっていた。襟巻を用いない癖の私は、マントの襟に顔を埋めて道を急いだ。
「まさか今日は来まいと思っていたよ。」と坂口は云って笑いながら、快く私を迎えてくれた。
「却って風流でね。」と私は答えた。
其晩、私はどうしたのか敗け続けた。
「今日は君どうかしてるんじゃないか。」と坂口は云った。
自分では気がつかなかったが、確かに私は何処か落付かないでいたと見える。
十二時を打つと例の通り立ち上った。
傘の上にしとしとと音を立てて降る雪の中を歩いていると、夢の中に居るような気がしてきた。少しの風もなく、重い空気が澱んでいた。村瀬は女を連れてわざわざ市内電車で遠廻りをして駅に来てる筈だった。
S――駅に着いて、暗い階段を下りると、果して村瀬は私を待ち受けていた。私はその側へ寄って行った。
「君あれですよ。」と彼は私に小声で囁いた。向うの柱の影に、コートの中に肩をすくめた
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