ってからは、女に出違うことが多かったので、一層面白かった。結果だけは相変らずまるで駄目だった。然し時々、面白い男や女をも見出すことがあったので、それで我慢をしていた。
一月の二十日頃からまた例の男が姿を現わし初めた。そしていつのまにか強く私達の注意を引きつけてしまった。
彼は時々待合所の中に立って広告のビラを見ていた。それからまた反対の電車が来ると、その方へ寄って行って中を覗くようでもあった。歩廊に立っている時はいつも、柱の影や階段の隅を選んだ。然しやがて私達は、彼の眼が絶えず私達の方へ向けられることに気付いた。広告のビラを見てる時なんか、時々ちらと私達の方を横目で見るのが、其処の明るい電灯の光りで分った。そのくせ常に私達の前を避けようとしているらしかった。私達が彼が佇んでる方へ歩いてゆくと、すぐに彼は向うへ歩き出した。私達の一人が誰かに言葉をかける時は、彼は屹度薄暗がりの中にじっとこちらを透し見ていた。それがいつもまともにこちらへ顔を向けないで、横目で睥んでいた。
「あの男は眇《すがめ》かも知れませんぜ。」と私は村瀬に云った。
背の低い肩の四角な男で、平べったい鼻の下に短い口鬚
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