を生やしていた。いつも帽子を目深に被っていたが、額のつまっていることが顔の輪廓で察しられた。その眼が妙に陰険な光りを帯びていた。老年になって次第に零落してゆく者の眼で変に黒ずんだ鋭い光りを放つのがある。そういう眼の光りだった。普通より眼球が飛び出てるようでありながら、その光りは妙に奥深い趣きを持っていた。年齢は一寸見当がつかなかった。三十位かと思うと、四十位に見える時もあった。
 私達が電車に乗ると、彼も屹度乗って来た。然しいつも別の車室か、または私達に一番遠い隅っこに腰を下した。一度私達の方へ向けられている彼の視線を捉え得たと思ったことがあったが、いつもは別に私達の方へ注意してる風にも見えなかった。上野へ着くと、彼はすぐに何処かへ行ってしまった。その跡をつけてみるだけの好奇心も私達には起らなかった。否それよりも上野の駅を出るとすぐに彼の姿は見えなくなってしまうのであった。
「変な男ですね。一体何者だろう?」私達はよくそういう疑問をくり返した。「僕達に帰依してる者かもしれませんぜ。」とはては笑ってしまった。然し彼の黒ずんだ眼の光りが、いつとはなしに私達の心を乱しはじめた。
 或る夜、私
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