前でくり返した。そして知らず識らず私達は大胆になり、執拗になっていった。
或る日私は「いい結果」に出逢った。歩廊に立って二三人の乗客を物色していると、紡績の着物と羽織とを着て毛糸の襟巻に顔を埋めた三十四五の女が眼についた。一度たしかに見たことのある姿だった。
「今日は一つ冒険をしてみよう」と私は思った。
其処へ村瀬が急いでやって来た。「やあ」と彼は云った。するとその声に紡績の女がふり向いて、ちらと微笑をした。私はそれに力を得た。彼女は私達のことを知ってるのかも知れないと思った。
やがて私は彼女の方へ何気ない風で近づいて行った。そして暫く黙っていた後でいい出した。
「随分遅い電車ですね。」
「ええ、私はもう十五分許りも待っていましたのですよ。」
その時、彼女の鼻の横に大きい痣《あざ》があるのに私は気付いた。少しつまった顔立ちにその痣が一種の親しみを添えていた。
「人でも轢いて後れたんではないでしょうか。」と私はまた云った。
「まさかそんなこともありますまいけれど、せめて待たせるなら待合所へ火でもよく熾しておいてくれると宜しいんですけれどね。」
「そうですよ。夜更けの十分は昼間の三
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