村瀬とはいつもS――駅内に待ち合して、それから電車が来る間に、最も近づき易そうな人に言葉をかけた。「寒いですね」とか、「随分待たせますね」とか、それだけの言葉をかけると、いつも短い返事は返された。そして初めの失敗にこりて、大抵はそれだけで満足した。けれど向うの調子が多少柔かだと、個人的の問題はさけて時の天気模様だの社会的出来事だのについて簡短な話をすると、向うも簡短な返事をしてくれた。電車がすぐに来て誰にも話しかける時間がない時などは、淡い失望をさえ覚えた。そして私達は、上野駅から公園前までその夜の結果を語り合っては笑った。
窖《あなぐら》のような薄暗い寒い歩廊の上に佇んで電車を待ってる間、私達には其処に居合わす人々が親しい友人のように思えて来た。皆が寒さに肩をすくめていた。恐らく皆腹も多少空いているようだった。皆何かがほしそうな眼付をしていた。そして皆陰欝な顔をしていた。もし皆が集まって晴々と談笑することが出来たら、その寂しい夜更けの時間もどんなにか愉快になるだろう。特に私達二人はどんなに愉快だろう。
「もっとどうにかいい結果が上らないものでしょうかね。」そう度々私達は、上野の公園
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