も一人では何だから、二人の時にしようじゃないですか。」
「ええ僕もちと臆病の方ですから、それの方がいいですね。」
 それで私達は種々の手筈を定めた。日曜は客に妨げられることが多いし、月曜は私には商会へ行く日で用が多いし、土曜は彼の方で何か差支えがあるので、火曜と金曜と一週に二回は必ず出かけて来ることにした。そして、十二時が打つのを相図に停車場へ来ること、よく乗客の顔を見ておくこと、二度逢った者には必ず何か話しかけること(女をも含めて)、そしてそれは順番にやること。
「では一つあの鳥打帽の人にやってみませんか。」と私は云った。
「やりましょうか。」
 丁度その時、電車が来たので、その晩はそのままになってしまった。
 実にそれは不思議な面白いことだった。一度顔を見た者にはすぐに話しかけてみる、名も知らず身分も知らない者と打ち開けた談笑を交わす、そしてまた互にふいと別れてしまう、それがうまくいったら世の中の有様ががらりと変ってしまいそうに思えた。陰険だとか奸黠だとかいう言葉は不用になって、至る所バッカスのお祭りだ。
 私は次の火曜を待ちわびた。
 火曜の晩、坂口を訪れて碁を囲んでいると、私の
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