か繰り返された。恰も、神子は背後のことをも見通しで、美春の姿態を戒めてるかのようであり、美春は神子の視線を恐れながらも、蠕動に引き入れられるかのようであった。
遂に、美春は合掌を解いて畳に伏し、両手から両膝へかけて蠕動した。その状がまさしく蛭のようであった。その瞬間、神子は卓上の如意を取って振り向きざま、美春にさしつけた。その威にぴたりと押えられて、美春はもう身動きもならなかった。
神子はやはり細目ながら、眼尻をつりあげ、血の気の引いた蒼白な顔になっていた。立膝で少しくにじり寄って、更にぴたりと美春を押えた。そして威圧的な低声で言った。
「また来おったな。退散を命じたに、また来おったな。そこ動かずに、望みあらばいえ、何なりと言え。」
美春は無言で伏していた。
「不埓な。再び来ることならぬ。退散せよ。」
美春はぐったりと畳に伏したきりであった。
神子は如意を引いて、元の風に戻り、読経を続けた。美春は静かに身を起して、合掌の姿勢に戻った。読経の声はひとしきり高くなった。
そのまま時がたって、やがて、読経が突然にやんだ。神子はしばし黙祷して、それから徐ろに向き返り、軽く会釈した。美春と老人とは頭を畳までさげた。秦と千枝子も礼をした。
神子はもう無表情な顔に返っていた。何事も起らなかったかのように、無言のまま香を焚き、少しく座をしざって、それからハンカチで額を拭いた。汗を出してるようだった。
童女が立ってゆき、彼女と共に、西浦夫妻がつつましくはいってきた。そして一同は席を近づけた。美春は眼を開く力もなさそうに閉じがちで、息もひそめてるかのようだった。そして待ち構えていたかのように、茶菓が出された。その一座の乱れの隙に、秦は辞し去った。
「五郎」の二階に戻ってきた秦は、なにか深く考えこんでいた。波多野と私はもうだいぶ酔っていたが、彼もその仲間に早く加わりたがってるかのように、ウイスキーのグラスを取りあげた。
彼は私たちの問いには答えず、妙なことを波多野に尋ねた。
「君は金を一包み届けたが、あれに、名前を書いたか。僕の名前を書いたか。」
波多野は眼を丸くした。
「照顕さまのことか。勿論、書かないよ。君の名前も書かないよ。」
「それはよかった。」
そして秦はたて続けに酒を飲んで、言った。
「あれは、結局、精神的なものでなく、神経的なものだ。神経にすぎない。そ
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