ないの。」
 その何気ない最後の言葉が、彼の自由を奪ってしまった。自分の心の中にある疚しいものを、一挙にほじり出されたような気がした。そしてその晩床の中で、彼は長く眠れなかった。いろいろ考えあぐんだ末、最後に辿りついたものは、保子に恋したのだ! という一事だった。今迄自ら押隠していたが、もはやどうにも出来なくなった、その一事だった。
 彼はしみじみとした涙と苛立った憤りとを、同時に感じた。今後のことを考えると、暗い穴にでも陥るような気がした。

     十八

 翌朝、周平は遅く迄寝ていた。眼が覚めた時は、障子にぱっと日の光りがさしていた。眠ってるうちに女中が雨戸を開いてくれたものらしい。彼は室の中のだだ白い明るみを暫く眺めていたが、眼の底が熱くなるのを感ずると、頭から布団を被ってしまった。自分は保子を恋したのだ! 昨晩ふと考え及んだその一事が、しつこく頭に絡みついてきた。凡てがその一事に圧倒され終るような気がした。
 迷霧の中を辿ってるような心地で、いつしかうとうととしてると、階段を上ってくる足音が遠くに聞えた。それがはたと止んで、あたりがひっそりとなった。長い間のようだった。と俄
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