は、大学へ選科の入学願書を認めた。
三
――その時のことを、周平は今思い浮べた。それと共に、水谷からの僅かな金で暮してきた過去のことを、想い起した。
「甘っぽい空想に耽るべきではない、」と彼は自ら云った。そして力強くなった。
翌日の午後、彼は金を返しに保子を訪れた。
保子は勝手許《かってもと》の方で何か仕事をしていた。一寸手が離せないからというので、彼は暫く待たされた。
縁側に腰をかけて、ぼんやり庭の新緑を見ていると、前日からあんなに気を揉んだことが、何だか馬鹿々々しく思えてきた。暫くして保子が出て来た時、彼は軽い調子で云い出した。
「昨日、計算を間違えられはしませんでしたか。」
「何の計算なの」と彼女は問い返して、彼の顔をじっと眺めた。
「間違ったとお分りにならなけりゃ、私の方が得《とく》することだから黙っといてもいいんですが……。」
周平はそう云って微笑《ほほえ》んだ。
「何のことなの。はっきり仰しゃいよ」
「あててごらんなさい。」
「さあ、何でしょうね?」と彼女は小首を傾《かし》げた。
彼はその顔を見やった。そして、彼女の微笑んでる眼付を見て取った時、あ
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