ゃいよ。先生には私があとで云っとくから。」
周平はぼんやり立ち上った。何だか追い立てられてるような気持になった。二階に上っていい加減な書物を一冊取ってきた。玄関で、彼は眼を伏せながら、保子に一つお辞儀をした。
十二
周平は保子の許を離れて初めて、ほっと息がつけた。そして、そういう自分自身が忌々《いまいま》しかった。こういう状態は堪らないと思った。此度の機会には、真正面から保子に凡てをぶちまけてやろうと決心した。
然しその決心も、次の機会へ機会へと延されていった。彼は保子の前へ出ると、少しも頭の上らない自分自身を見出した。焦慮の余り顔を伏せてる彼に対して、保子の眼は、或は揶揄するような、或は庇護するような、或は甘やかすような、或は探るような、或はしみじみとした温情の、その時折の色を浮べた。彼はその何れを本当だとして捉えていいか分らなかった。
彼の心は益々焦れて来た。何もかも保子へ告白してさっぱりしたいという願いが、益々強くなった。然し、頭の中でその言葉を考えてみると、問題はただ吉川のこときりなかった。数年前に死んだ吉川のことなんか、実はどうでもいい筈だったのだ!
前へ
次へ
全293ページ中67ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング