よ)――どうしたのと聞いても、訳を話さない。なおよく尋ねると、学校でいやな目にあったと答える。修身の先生に、両親《ふたおや》の無い人は手を挙げてごらんなさいと云われて、隆吉は手を挙げた由。するとその後で、授業がすんでから、先生がいらして、いろいろ慰めて下すった。そして、悲しいことがあってもじっと我慢して、なおよく勉強なさいと云われた時、隆吉は、両親がなくてもちっとも悲しくない、と答えたそうである。それを先生は、隆吉の痩我慢だとして、そんな風に意地っ張りになるのはよくない、素直にしていなければいけない、と長々云いきかせられた。隆吉は、自分は少しも意地っ張りのことを云ってはしない、と答えた。そして先生と喧嘩をしたんだとかいう。
 話を聞いても、私にはよく分らなかった。それで、先生に云い逆うのは悪いから、これからは何を云われても黙っていらっしゃい、とただそれだけ云って、あとは慰めておいた。
 何かのついでに、右の話を横田にした。すると横田が云うには、それは先生が悪い、同情の押し売りをしたのだ、隆吉はそれを暗々裡に感じて、それでつっかかっていったのだと。私にはその解釈が余り勝手なように思われた
前へ 次へ
全293ページ中65ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング