に?」
「ほんとです。」
「そう。」と保子は云った。
二人は口を噤んだ。変に中途半端な気持だった。然し保子はもう何とも云い出さなかった。暫くすると、ふいに尋ねかけてきた。
「あなたは釣魚《つり》は好きですか。」
周平は今迄の気持が置きざりにせられたのを感じた。咄嗟に返辞が出来なかった。それを保子は構わず云い続けた。暑中になったら横田が釣魚《つり》に行くと云ってること、釣魚の面白みをさんざん聞かされたこと、どうやら自分にも面白そうに考えられてきたこと、それでも、「沢山釣れなければあんな詰らないものはないと云ったら、それはまだ本当の趣味を解せないからですって、」と彼女は結んだ。
周平はぼんやり聞いていた。まだ心が其処まで動いてゆかなかった。そしてほどよい時に、保子の側を逃げるようにして去った。
彼には保子の態度が腑に落ちなかった。彼女の話は、頭ばかりが大袈裟で尾《しっぽ》がすっと消えていた。村田のこともそうだった。写真のこともそうだった。そして両方とも、彼はすっぽかされてしまった。村田のことから妙に真剣になって尋ねだすと、いつのまにか主客転倒されてしまい、写真のことから少し深入しか
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