にも隠さないという約束じゃなかったの。その気にかかることを云ってごらんなさいよ。」
周平は保子の眼の中を覗いたが、そのたじろぎもしない眼差しの前に、眼を外さざるを得なかった。自分の方が負だという気がした。そこからまた絶望的な勇気が出てきた。彼はぶしつけに云った。
「私はつまらないことで隆ちゃんをいじめたんです。」
「あ、あのことですか。」と保子は云った。「あたたも随分|大人《おとな》げないことをしたものね。でも私、初めはどうしたのかと思ったわ。あなたが帰った後で、隆吉がしくしく泣いてるんでしょう。いくら聞いても黙ってるから、何のことかと思うと、つまらないことじゃないの。可哀そうに、子供をいじめるのはお止しなさいよ。そんなに吉川さんの写真が見たいのなら、こんど私が借りてあげましょうか。」
「もういいんです。何だか気がさして、見てもつまりません。……初めは、隆ちゃんのお父さんだから是非見たいように思ったんですけれど……。」
「どうして?」
「どうしてって、ただ……何だか……私の好きな人のような気がしたんです。」と初めは口籠り終りは口早に周平は答えた。
「それだけ?」
「ええ。」
「ほんと
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