た。次には、試されてるのではないかという疑懼の念も起った。彼は厭な気分になった。
「兎に角返しに行こう。それから先は向うの言葉次第だ」と彼は自ら云った。
 いつのまにか日の光りが薄れていた。今からでは夕食の時刻にぶつかりそうだった。彼は一度立ち上った腰をまた下ろした。それにまた、横田の不在の折に保子一人へ話したかった。もし保子一人の好意から出たことだったら……。
「馬鹿!」と彼は自ら自分に浴せかけた。甘っぽい空想にまで陥りかけた自分自身が、なさけなかった。つまらないことに斯くまで乱される自分の心が、なさけなかった。
 愈々最後の決意をしたあの日のことを、彼は縋りつくようにして想い起した。

     二

 それは、朝から糠雨の降る佗しい日だった。周平はまた終日、このまま学業を止したものかどうかと、数日来の問題を考え耽っていた。早く決定しなければならない必要があった。
 夜になって散歩に出た。先輩の野村の意見をもまた尋ねた。帰ってきてからも、夜遅くまで一人で考えた。しかし何れとも決しかねた。寝てから考えることにした。着物のまま布団の中にはいって、ぼんやり天井を眺めていた。頭が疲れきって
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