円紙幣とが、何かの拍子に間違えられたのではあるまいか、と考えた。もしそうだったら、余分は当然返さなければならなかった。それを黙って着服するわけにはいかなかった。然し……その考えは、どうもぴたりと彼の気持へこなかった。――或は、好意から倍額にしておいて、自分に喜ばしい驚きを与えるために、わざと何にも告げられなかったのではあるまいか、とも考えた。この推察の方が彼の気持へぴたりときた。元々、隆吉の学課を見て貰うというのも、自分を補助する口実とするための、横田の方の好意なのであった。「横田もそのつもりですから、」と保子から今日も云われたのだ。……考えてるうちに、あの時の保子の調子が、彼の頭にまざまざと浮んできた。何の気もなく聞き流した、「落さないようにしなさいよ。」と言う言葉が、今になって頭に響いてきた。
彼は感謝の余り、涙ぐましい心地になった。
然し机の上の紙幣を金入にしまう時、彼は急にその手を止めた。
「このままではいけない!」
向うの好意だと推察するならば、一方にまた、向うの誤りだと推察出来ない筈もなかった。そう思いついた時彼は、前者だときめてかかった自分の気持に、或る狡猾さを感じ
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