ような光りを一面に大地の上に送っていた。
 或る曲り角で、向うから駈けてきた俥を避ける拍子に、枳殼《からたち》の生籬の刺で、彼は手の甲を少し傷つけた。血のにじんだ所へ唾をつけると、ひりひりと痛んだ。それが妙に快い気持だった。
 彼は保子のことを考えていた。姉妹のない彼にとっては、保子は姉――美しいやさしい姉であった。と同時にまた、人間的に師事している横田の夫人であった。彼女の親切を思う時、彼はしみじみと力強い気がした。彼女の保護がある以上は、あと二年足らずの大学選科も、無事に終えられそうだった。
 下宿へ帰って、彼は先ず袴を取ってから、思い出したように懐の紙包みを探った。「御礼」と小さく書かれた女文字を一寸眺めた。そして中を開いた。十円紙幣が二枚はいっていた。
 彼は軽い驚きを感じた。
 初め、週に一回ずつ隆吉の学課をみてやることになった時、謝礼は月に十円ばかりあげる、というのが横田の言葉だった。そして実際、月末に二回、周平は夫人から十円ずつ貰ったのだった。それが此度に限って、而も不意に、二十円になっているのだった。
 周平は、二枚の紙幣を机の上に置きながら考え込んだ。――五円紙幣と十
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