大な何かが、実際にはあったのではないかという気がした。彼は暗い方へ暗い方へと想像を向けていった。殊に保子に就てそうだった。彼女が深い傷を心に負って、一人ひそかに苦しんでいる、そういう風に想像したかった。吉川の死が自殺の死であって、而も直接に保子と何等かの関係がある、そういう風に想像したかった。そして、この想像が自分の心に甘えていることを、周平は意識した。然し何故にそうであるかをつきとめない単なる意識だったから、少しも想像を抑制する力にはならなかった。
 悲痛な実は甘いいろんな想像にうみ疲れると、彼の頭の中には、隆吉の姿がしつこく浮び出て来た。頭の大きなわりに細《ほっ》そりとした体躯、凸額《おでこ》の中から睥めるように物を見る眼、小鼻の小さな高い鼻、細い腕、長い指、それらが変に不気味だった。きっとしまった口、恰好のよい長い顎、すらりとした頸筋、笑う時に出来る左頬の片笑靨、それらが如何にも可愛かった。平素何とも思わなかった隆吉の姿から、今その不気味な点と可愛い点とが、はっきり二つに分れて周平の頭に映じた。彼は愛憎の念に迷った。
 深く考えに沈みながら歩いていると、ばさりと音を立てて足に触れ
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