愛情は吉川さんの死から毒された。然し愛情というものは、傷ついた獣のように、痛手を受ければ受けるほど、益々激しく狂い廻るものなんだ。横田さんと保子さんとは更に深く結びついたらしい。そして、吉川さんの一周忌がすんだ翌年の春、結婚して新らしい家庭を持ったのだ。
「吉川さんの家の方では、お祖母《ばあ》さんが仕立物やなんかをして、つつましく暮していたが、それでも僅かな貯蓄は残り少なになるし、子供も大きくなったので、お祖母さんは大奮発をしたものだ。豪い人だと僕はいつも感心をしている。その大奮発というのは、子供を親戚の家へ預け、自分は他人の家へ針仕事などを主とする女中奉公をし、そしてとにかく、子供の未来の学費を残して置こうというのだ。
「お祖母さんのそういう殊勝な決心を聞いて、横田さんは、自分の家で子供を世話しようと云い出したのさ。その気持は僕には一寸分りかねる。第一に君、子供を始終側に置いとくことは、過去の記憶をまざまざと甦らすことで、横田さんにとっても、保子さんにとっても可なり痛いことだろうと思う。それによって二人の愛情を更に強く燃え立たせるというほどの、若い浮々した年齢でも時期でもないんだから
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