、母親と子供とが残った。」
村田ははたと口を噤んで、何かを考えるような眼を見据えた。
息をついてさっと吹く風と共に、大粒の雨が落ち始めて、それが瞬く間に沛然と降り注いだ。宵闇の中に妙に明るい雨脚が、軒や樹木に、どっと魔物のように落ちかかった。二人は縁側の障子を閉めて、ぼんやり雨音に耳を傾けた。心は他に在った。
「それから、」と村田はやがて語り続けた、「吉川さんの母親と子供――即ち祖母と孫とは、悲しい日を過した。お祖母《ばあ》さんにとっては、その子供が推一の慰藉であり、子供にとってはお祖母さんが唯一の頼りだった。そしてお祖母さんは、子供を育て上げることに残りの一生を捧げたのだ。
「この二人に次で、吉川さんの死から可なりの打撃を受けたのは、横田さんと保子さんとだった。直接関係はないけれど、心には可なり響いたらしい。それでも横田さんの方は、云わば勝利者なんだ。勝利者が敗北者の破滅に対して懐く同情は、勝利者にとって、いつでもさほど高価なものではない。然し保子さんの方は、心の奥に一種の傷を受けざるを得なかったのだ。たとい当面の責任者ではなくとも、間接の責任はある筈だ。……そういう訳で、二人の
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