財産はすぐに減っていく。自分の未来は暗澹としてくる。その間に立って、子供の面倒をみながら、女といつも諍《いさか》いばかりしながら、女と別れることも出来ないで、じっと我慢していた吉川さんの心を思うと、僕は堪らない気がするよ。それが二年間も続いたのだ。二年目の終りに、女はとうとう逃げ出してしまった。吉川さんと合意の上だとの話だが、無理強いの合意なんだろう。なぜって、女もさすがに居堪らないとみえて、大阪の方へ行ってしまったそうだから。そして、それきり行方不明さ。また誰かを取捉えてるに違いない。高井英子とかいっていたが、それだって本名かどうだか分りゃしない。
「女と別れてから、吉川さんは子供相手に家にばかり閉じ籠っていたが、一月ばかり後に、急に死んでしまった。病名は急性脳膜炎だというんだが、自殺だとの噂もある。当時吉川さんは、深い憂鬱に沈み込んで、時々襲ってくる神経の苛立ちと興奮とを、酒でごまかしていたそうだが、その後では更に深い憂鬱に陥ったとの話だ。その死後、医学と薬理学との書物が本箱の中から見出されたそうだ。が兎に角、病死にせよ、自殺にせよ、吉川さんは俄に世を去ってしまったのだ。そして後に
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