一方に輝かしい日が続くと共に、一方には惨めな日が続くのだ。吉川さんは、半ば自棄《やけ》になって、或る女の誘惑に陥ってしまった。而も失恋して間もなくのことなんだ。性格が弱かったんだね。その女というのが君、有名なあばずれなんだ。僕も或る処で一寸顔を見たことがある。美人でもない癖に、いやにつんと澄まし込んで、眼ばかり色っぽく働かしていた。元はカフェーの女中をしていたとかいう話だが、其後或る文学青年と同棲し、次には、或る新帰朝者――だか何だか分ったものじゃないが――それと同棲し、また其処を飛び出して、うろうろしてた所へ、吉川さんがひっかかったわけさ。すると、へまな時は仕方がないもので、その女が、妊娠しちゃったんだ。全く妊娠するような女じゃないんだがね。それから吉川さんの苦悶が始まったのだ。漸く母親の了解を得て――母親一人だったのさ――一緒に住むようになったのだが、男の児が産れて後は、吉川さんは惨めなものだった。女は始終飛び歩く。その上、母親や吉川さんと事毎に衝突する。子供は消化不良になって、乳母をつけて病院へはいらせる始末なんだ。吉川さんはどの位苦しんだか知れない。女の無駄使いのために、僅かな
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