るのか、もしくは良人として愛するのかって」
 村田はそこで言葉を切って、周平の顔を覗き込んだ。周平は変な気がしてきた。
「本当の話なのか。」と彼は尋ねた。
「本当だとも。そこが如何にも奥さんらしいじゃないか。」
 周平は黙って村田の顔を見返した。
「勿論保子さんのそういう問いは、」と村田は話し続けた、「僕等が考えるほど理智的なものではなかったんだろう。保子さんのうちには、君も知ってる通り、理性と感情とが一つに綯れ合って働いてゆくのだから。所がその問いに対して、二人はどう答えたと思う?」
 そして村田は眼を輝かした。
「横田さんはこう答えたのだ。愛に二つはない、私はただあなたを愛するきりだ。吉川さんの方はこうなんだ。私はあなたを恋人として愛する。そこで、保子さんは横田さんを選んでしまった……そうだ。その辺の機微は、僕も実はよく知らないんだがね。」
 周平は何だか狐にでもつままれたような気がして、ぼんやり村田の顔を見つめた。
「然しまあそんなことはどうでもいいさ。兎に角、横田さんの方が選に当ったと思い給え。」と村田は弁解するような調子で云った。「それから先は、例の通り、恋の勝利と敗北とだ。
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