丈夫。」と彼は眼を閉じたまま答えた。
 お清は彼と火燵の反対の側に、座布団を敷いて、帯だけ解いて夜着にくるまって寝た。

     四十二

 周平は苦しい一夜を明した。一夜といっても、それは二三時間にすぎなかったろう。頭のしんが冴え返りながら、意識の表面だけでうとうとしてると、遠くに、牛乳車の音や汽笛の響が聞えてきた。彼は驚いて眼を開いた。肩のあたりが冷々としていて、火燵が余り熱っぽかった。何度も足を伸ばしたり引込めたりしてるうちに、またうとうととした。暫くして、彼ははっと眼を覚して、思わず上半身を起した。向うにお清が眠っていた。電灯の光が妙に薄暗かった。
 彼はそっと起き上って、窓を開いてみた。外は仄白く明けていた。切れぎれになった灰色の雲が、幾重にも重なって空低く垂れ籠めていた。軽い風があるとみえて、隣家との間に伸び出てる欅《けやき》の枝が、二三枚の枯葉をつけたまま、ゆらゆらと動いていた。其他はただ一面に、靄もない茫とした薄ら明るみの中に、夜明けの一時を眠っていた。
 周平は窓縁に両肱でもたれかかりながら、それらの景色にぼんやり眼をやった。頼りない佗しさが、しみじみと身に迫ってき
前へ 次へ
全293ページ中272ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング