慌てて室の中を見廻した。大きな鏡台と華かな座布団と、それから衣桁にかかってる薄汚れのした女の着物とが、まざまざと頭に映った。訳の分らない涙が出て来た。涙の奥から保子の面影が浮んできた。
お清は彼の様子に眼を止めて、暫くつっ立っていたが、俄に役の肩先へ屈み込んできた。
「あなたはやはりその奥さんのことを、片想いに想ってるのね。」
周平は涙の中で首肯《うなず》いた。それから眼を見据えた。暫く時がたった。息が止ったような静けさだった。と突然お清は、彼の肩に置いてる手をぴくりと震わした。
「あなたがそうなら、私だって真面目よ。意地も義理も知ってるわよ。……いいから、竹内さんを殴っておしまいなさいな。私も一つ位殴ってやるわ。構やしない。二人で殴っちゃいましょう。」
周平は頭の中が急にはっきりしてくるのを覚えた。お清の手を取って、それを強く握りしめながら云った。
「君の前で殴ってみせるよ。」
そして、ごろりと仰向に寝そべって眼を閉じた。
お清は暫くつっ立っていた。それから手荒く布団を敷いて、火燵の火を入換えた。周平は着物のままそれにもぐり込んだ。
「寒かなくって?」と彼女は云った。
「大
前へ
次へ
全293ページ中271ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング