た。薄色の肩掛の胸にコートの両袖を合して、真白な顔をつき出していた。お清だった。
 周平は惘然として、つっ立ったまま動けなかった。数秒……そして彼女は一歩進んできた。
「井上さんじゃないの。」
 落着いた低い声だった。
「こんなに遅く……。」
 聞くように云いかけて、どうしたの? と彼に眼付で尋ねながら、彼女は歩み寄ってきた。彼はその顔をじっと見つめた。すると、彼女はちらと大きな瞬きをして、上目がちに蓬莱亭の方をさし示しながら、軽く彼の袂を捉えて歩き出した。彼は譯が分らないで、黙ってその後に随った。頭の中がもやもやとして、夢をみてるような気持になった。
 お清は薄暗い横町の方へ曲り込んでいった。暫くしてから、ふいに彼の方へ眼を挙げた。
「今時分どうしたのよ。今晩早く帰っておいて……。」
「急に用が出来たんだ。」と周平は云った。
「誰に?」
 周平は暗がりの中に眼を見据えて、何とも答えなかった。
「誰かを待ち合してたんでしょう。」
 周平は黙っていた。
「誰《だあれ》? 仰しゃいよ。」
 甘えたような声の調子だった。周平は急に苛立ってきた。彼女と出逢ったためにぼやけた頭が、また強く働きだ
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