うなんだ、君の此度のことを、横田さんが知らない訳があるものか。だが、君が特別に奥さんから贔屓《ひいき》にされてるという自惚があるのなら、問題はまた別だがね。」
周平は痛い所をちくりと刺されたような気がした。それだけにまた、不快な厭な気持になった。彼は黙っていた。
村田は彼の様子をじろりと眺めたが、急に話題を転じた。
「君、横田さんの野心……抱負と云った方が本当かな、それを君は……。」
丁度その時、二人は或る肉屋の前を通りかかった。村田は足を止めた。
「ここで肉でもつっつこうじゃないか。」
二人は中にはいった。
六
村田は大酒家だった。周平も可なりいける方だった。二人は飯を忘れて、しきりに杯を重ねた。暑くなると障子を開け放った。もうすっかり暮れていた。庭の植込《うえこみ》のなかに淡い柱灯がともっていた。凸凹をなした庭の窪みに、小石を敷いた大きな空池があって、風に揺ぐ植込の茂みの間に、ちらちら見えていた。縁側から覗くと、谷間のような感じだった。その方を眺めながら、取留めもない話をしてるうちに、二人は可なり酔ってしまった。新らしく銚子を持ってくる女中が、肉の鍋に何度も
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