さ。それにきまってるよ。それにねえ、横田さん夫婦は、君が想像するような水臭い間《なか》じゃない。僕はそのために一寸困ったことがあるんだ。」
 村田はくるりと後ろを向いて風を避けながら、煙草に火をつけた。そしてこんなことを云い出した。
「僕は金がなくなると、よく奥さんに小遣を借りに行くんだがね……。」
 周平は驚いて彼の横顔を見やった。平素可なり贅沢をしている村田にそんなことがあろうとは、何としても不思議だった。それに、保子とも村田とも随分親しくしているが、まだ嘗てそんなことを、言葉には勿論、様子にも見せられたことがなかったのである。彼は黙って話の続きを待った。「勿論借りっ放しさ。」と村田は平気で云い続けた。「然し、横田さんに知られると一寸困るものだから、奥さんにはその度毎に、内密《ないしょ》にして下さいと頼んでおいた。所が、或る時横田さんから、何かの話のついでに、君のように妻から度々金を引出すのも困ったものだと、だしぬけに云い出されて、僕は実際弱っちゃった。横田さんが、云ってしまってから、はっと気付いたように口を噤んだので、僕は猶更|悄《しょ》げてしまった。……頼んでおいたことでさえこ
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