だい。僕にはまだ分らないが」
「至極簡単なことじゃないか。」と村田は云って、確信の調子で説き明した。――横田さんが周平の言葉に取合わなかったのは、心あって空呆《そらとぼ》けたのだ。横田さんは人に恩を売ることが嫌いな人格者だから、わざと知らない風をして、周平に気持の上の負目《おいめ》を与えまいとしたのだ。また、もし奥さんが内密でしたことならば、初めに何とか断る筈だし、次に周平が金を返しに行った時、そんなに高飛車に出る筈はない。横田さんと相談の上だという強みがあるから、高飛車にも出られたわけだ。それをとやかく気を廻すのは、更に愚を重ねることになる。素直に向うを信頼すべきである。
 周平はそれらのことを黙って聞いていた。そして、横田さんの態度はよく腑に落ちた。然し奥さんの方は、何だかそれだけでは解き尽せないような気がした。それかって、別な理由も見出せなかった。で結局は、村田の意見を最も至当なものと認めるの外はなかった。
「どうだ、明察だろう。」と云って、村田はつんと頭を反らした。
「大体はそれで分るようだが……。」それでも周平はなお一寸逆ってみたかった。
「大体だけじゃない、すっかり分ってる
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