彼の耳に残っていた。彼は皆から一二歩後れがちに足を運びながら、寒い夜の空気に頭をさらして、云い知れぬ悲壮な気持になっていった。我知らずお清のことを思っているのが、いつしか保子のことに変りがちだった。しまいにはその二つが一緒になって、彼の眼の前で渦を巻いた。

     三十八

 悪夢に似た呪わしい気持だった。周平は自分の心の向う所に迷った。そしてその昏迷のうちに、半ば自ら進んで、捨鉢に踏み出して行こうとした。然し、昼の明るみは彼を引止めてくれた。十一月から十二月の初めにかけて、わりに暖かい晴々とした日が続いた。高く冴えきってる空が、木々の梢や屋根に流れる黄色い日の光りが、彼の心を冷かに醒めさした。彼は涙ぐましいほど引き緊《しま》った心で、而し、救いの手を待つような落着いた心で、毎週月曜日と、それから他の日にも時々、横田の家へ行った。
 保子は日当りのいい縁側近くで、雑誌を読んでいたり、正月のための縫物をしていたりした。周平はその方へ一寸挨拶をしたきりで、黙って火鉢の上にかじりついた。火箸の先で灰の中をかき廻しながら、身をも心をも彼女の前に投げ出したような気持になっていた。
「井上さん
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