何にもありはしない。ただ変に気がふさいでいけないんだ。……それで、あの陰気な三階へはもう上らないことにしたよ。」
「そう。此処の方がいいわね。……そのうちまた何処かへ行きましょうか。」
「ああ。」
「私いい折をねらってるわ。」
 そして彼女はじっと彼の顔を見つめた。彼はその顔を外らさなかった。変な気持だった。暴風雨《あらし》の後の静けさに似た一種の親しみが、しみじみと彼を包んでいった。その下から強い慾望が頭をもたげかけるのを、彼は強いて抑えつけた。そしてぽかんとした気分になって、美しい彼女の眼をぼんやり眺めるのだった。
 そして、お清に対するそういう親しみは、二人差向いでいる時よりも、大勢の中に居る時の方が、更に微妙な刺激を彼の心に伝えた。
 周平とお清との噂が立ってから、周平の友人等は、多く蓬莱亭へ集るようになってきた。周平は気が進まない時にでも、または金に困ってる時にでも、屡々一緒に引取ってゆかれた。
「軍資金は僕達が調達するからしっかりやり給え。」などと云って、公然と唆《そその》かす者さえあった。
「だが、いい加減にしといた方が君のためかも知れないぜ。」と忠告めいたことを云う者も
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