らなかった。而もお清は、彼から一歩ふみ出しさえすれば、彼の手中に身を託してきそうだった。
 彼は抗し難い怪しい誘惑を俄に感じだした。その誘惑の下から、保子の面影がじっと覗き出していた。保子なら……と思うことが、更に感傷的に彼の心をお清の方へ惹きつけた。その下からまた、保子の面影が浮び上ってきた。
 彼は堪らない気持になって、冷たい薄い布団の中に頭まですっぽりもぐり込んだ。息苦しくて眠れなかった。夜着の襟から顔を出すと、電灯の光が眩しかった。起き上って室の中を真暗にした。廊下の薄ら明りに、障子の紙がぼーっと仄白く浮出した。彼はそれから眼を外らして、真暗な中を見つめた。光りの中に出ることも眼をつぶることも、共に恐ろしいような気がした。自然に眠るまで、ただ闇の中に眼を見開いていたかった。

     三十七

 周平が夜遅くお清を連れて歩いてたということが、間もなく友人間に知れ渡ってしまった。それを最初周平の耳に伝えたのは、何事にも差出口をして親切振った態度を見せる、橋本という背の低い男であった。
 ノートの包を抱えて、弱い日の光りが差してる大学前の通りを、久し振で通っていると、向うから来る
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