》いてみせた。どうとでもしろという気になっていた。
 二人は電車通りに出て、すぐ其処の鳥屋へはいった。

     三十六

 通されたのは奥まった六疊の室だった。お清はがっかりしたように、肩掛を丸めて床《とこ》の間《ま》の上に抛り出しながら、餉台の前に膝をくずして坐った。お召の着物の上に金紗の羽織をだらりとつけていた。淡緑色の無地の繻絆の襟から、痩せてるわりに肉のむっちりした真白い頸筋を伸べて、周平の方へ微笑みかけた。
「ああ、これでやっと落着いたわ。」
 然し周平は落着かなかった。明るい電灯の光りに輝らされると、彼女の服装に比べて、自分の垢じみた銘仙の着物が、如何にもみすぼらしく思えてきた。それよりも、今こうして彼女と向き合って坐ってることが、先刻からのことと、全く飛び離れた世界に在るような気がした。
 眉間に大きな黒子《ほくろ》のある首の短い女中が、二三の料理や寄せ鍋の道具を運んできた。
「私がしますからよござんすよ。」
 お清はそう云って女中を追いやった。
 器用な手附で餉台の上や鍋の中を整えてる彼女の姿を、周平は不思議な気持で眺めた。痩せ形《がた》の顔や腰に比較して、頸から肩
前へ 次へ
全293ページ中223ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング