識していた。お清が英子であるかどうか分らないうちは、その意識をごまかすことが出来た。然しそれが明かに分った場合には、もはやごまかしは許されなかった。そして英子である彼女を愛することは勿論、英子でない彼女を愛することも、保子の幻を前にして、堪らないことだった。彼は吉川の運命をまざまざと頭に浮べた。
 然し今更後へは戻れなかった。そしては酒を飲んだ。酒を飲むと、凡てが一色の悲壮なものに塗りつぶされた。

     三十四

 そういう周平は、蓬莱亭で時々竹内と出逢うのを、殆んど気にも留めなかった。
 一度は、二三の友人と階下に居る時、竹内が上から階段を下りてきた。次には、蓬莱亭の前で出逢った。周平は誘われるのを断って、中にはいらないで通り過ぎた。また次には、周平は三階から下りてきて、階下の室を通りぬけ、表へ出ようとして扉を引開くる途端に、階段の蔭から竹内が出て来るのを、ちらと認めたように思った。
 所が或る晩、周平が三階の室で可なり酔っ払って、一人ぼんやりしている時、よろめくような足音が階段を上ってきて、廊下に立ち止った。扉が一寸開いてまた閉められた。廊下が薄暗いので、周平はその瞬間に外の
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