たのを、却って反撥的に出て、平然と三階に落着けるようになった。
「僕は此処にじっとしてるのが好きだ」と彼は女中達に云った。
窓を開け放すと、高い建物の間に挾ってる低い屋根並の彼方に、街路の灯が点々と連っていた。それが、遠くに聞きなされる電車の響きに包まれて、ちらちら戦いてるように見えた。晴れた晩には、奥深く澄みきってる寒空《さむぞら》の一部に、凄いほど冴えてる星の群が見えた。月の光りが射す時には、露か霜かに濡れてる近くの屋根の瓦が、鱗のような冷たさに一枚々々光っていた。周平はそれらの景色を眺めながら、云い知れぬ悲壮な気持になっていった。保子のことが――庭に屈んでる所をじっと彼女から見られたこと、月末に或る落語家の独演に誘われたこと、不自由なことがあったらいつでも仰しゃいと云われたこと、用もないのに用ありげな口調で長く待たせられたこと、月曜日をなまけて暫く行かないでいるといきなり叱りつけられたこと、着物の縫い直しを女中にして貰ったこと、長い間二人で黙って坐っていたこと、手の爪を切れと云われたこと――などのいろんなことが、頭の中に一時に湧き上って、捨て去ろうとしてる幻が空遠くに浮出してく
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