「冗談じゃないよ。真面目に云ってるんだ。」
「僕も、だから真面目に聞いてるよ。」
 二人は暫く黙って歩いた。やがて周平はこう云い出した。
「今日僕は、横田さんにへまなことを云ったような気がする。」
「え、……だって君は何もそんなことは云わなかったじゃないか。」
「君が一寸座を外した時に云ったんだ。」
「一体何のことだい?」
 周平は頭の中で筋途を立ててから、初めからのことを順次に述べた。そしてこうつけ加えた。「奥さん一人でしたことか、または横田さんと相談の上でのことか、それはどちらだって僕に関わりはない。然し、もし奥さんが横田さんに内密《ないしょ》のつもりだったんなら、僕はとんだことを横田さんに云ったわけになる。僅かな金のことなんだけれど、気持の上には可なり響くことだからね。……横田さんが知ってたかどうか、僕にはさっぱり見当がつかないんだ。君はどう思う?」
 村田は黙って聞いていた。周平が云い終えてもなお黙っていた。
「君はどちらだと思う。」と周平は促した。「大凡の見当をつけて置かないと、僕は何だか気に懸って仕様がないんだ。」
「だって、それだけじゃ僕にも見当がつかないね。」
 周平
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