おかみ》さんが、ぼんやりした浅黒い顔を見せていた。村田は真直にその方へ行った。
「今日は井上君と一寸秘密な話がありますから、三階の室をかりますよ。」
「ええ。」と主婦さんは簡単な返辞をした。
二人の姿を見て、程よい卓子に椅子を直していた女中に、村田は低く囁いた。
「今日は三階《うえ》へ行くんだ。誰が来ても知らせないでくれ給え。」
「なぜ?」
それには答えないで、村田はさっさと広い階段を上っていった。周平はその階段に踏みかけるまでに、階下にはお清がいないことを見て取った。
階段を上りきると、階下《した》からは想像がつかないくらい広い明るい広間に出た。真白な布をかけた卓子が規則正しく並べてあった。窓に近い卓子で、二組の客が食事をしていた。其処にもお清の姿は見えなかった。
広間とその横の小さな室との界目から、薄暗い狭い階段が急な角度で上っていた。それを上りつくすと、五燭らしい電灯がぼんやりともってる狭い廊下に出た。左手は疊を敷いた室で、薄汚れのした絨緞の上に餉台《ちゃぶだい》が一つ置いてあった。右手は天井だけ白く塗った裸壁の洋室で、一つの長椅子と二、三脚の籐椅子とが、室の割に大き過ぎ
前へ
次へ
全293ページ中192ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング