ない家に行こう。」
「蓬莱亭の三階はどうだい。」
「さあ。」と村田は一寸首を傾《かし》げた。
「僕はまだ一度も上ってみたことがないんだが、丁度いい折だからどうだろう。」
「そうだね。」と村田はなお決しかねてる様子だったが、突然大きな声で云った。「じゃそうしよう。だが君、案外汚い所だぜ。」
 村田はぴゅうと口笛を吹いて、それからまた他のことを云い出した。周平はそれをいい加減に聞いてるうちに、ふと気がかりになって、懐の淋しいことを断らなければならなかった。
「心配するな。そんなことは分ってるよ。」と村田は云った。

     三十二

 蓬莱亭の前まで行くうちに、周平の心は一種の不安を感じだした。
 お清《きよ》と英子とが同一人であるかも知れないという彼の想像は、村田が英子の顔を知らないということによって、一つの障害が除かれたわけだった。彼はその想像を益々逞しゅうしながら、一方にはその想像が事実となった場合のことを思うと、何としていいか分らない気持になった。
 その上、彼はも一つ気懸りなものを感じた。ひそかに村田を誘って蓬莱亭の三階へ落着こうとしたのは、気の置けない――場合によっては凡てを
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