それはそうですけれど、いくら気持は分っていても、はっきりした言葉がなければ困ることもあるんです。」
「お金のことがそうだと云うんでしょう。だからあなたは素直でないのよ。お金ということにいやにこだわるのは、あなたに僻《ひが》みがあるからよ。」
そう云われてみれば、彼は一言もなかった。困難な生活をしてる余り、金銭に対して妙に神経質になるのは、一種の僻みからであるかも知れなかった。然しそればかりでもない、と彼は考えた。そして云った。
「然し金銭問題は、一番厭な不快を招くことがありますから。」
「それがあなたの僻みよ」
そう押被《おっかぶ》せられると、彼は口を噤むより外仕方がなかった。黙ってると、保子は暫くしてこう云った。
「分って?」
彼は顔を挙げた。自然に澄みきった彼女の眼とやさしい顔とが、すぐ前に在った。それをじっと眺めながら、彼は咄嗟に云った。
「では黙って貰っておきます。」
「え?」
小さな眼が一杯見開かれてきょとんとしていた。周平は云いなおした。
「分りました。」
一方へ持っていかれた心がまた他方へ引戻されたというように、彼女は中途半端な顔付で、一寸上目を見据えたが、やが
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