て両方とも腑に落ちたらしく、じっと周平の顔を見戍った[#「見戍った」は底本では「見戌った」]。「馬鹿な人ね、」とその眼付が云っていた。
 彼ははぐらかされたような気持になった。口先だけで云ってみた。
「奥さんくらい気むずかしい人はない。」
「そう。」と彼女は気の無い返辞をした。
 彼は口を噤んだ。いやに考え込んでしまった。

     四

 それは、謎を投げかけられたような気持だった。
「奥さんくらい気むずかしい人はない、」と彼が独語めいた調子で云ったのは、表面からの言葉だった。裏面から云えば、「奥さんくらい無頓着な人はない、」となるのであった。相手の正当な申出を頭からけなしつけたのが、気むずかしいのだった。相手の考えを眼中に置かないで独り合点をしてるのが、無頓着なのだった。其処に、周平の眼に映じた保子の二方面があった。そしてこの二方面は、実は同一性格の両面に過ぎなかったが、それが親切とか好意とかの衣に包まれて、一つの事柄に就いて一人の者に対して同時に現わされたために、変な不調和を示したのだった。周平は二つの心に相対したような感じを受けた。一つの心は、思いやりのない得手勝手な冷かなも
前へ 次へ
全293ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング