んぐり》を拾って駈けてきた。
「これで中《あて》っこしようか。」
近くに標的《まと》を定めて投げてみたが、なかなか中らなかった。それでも、隆吉は二三度あてた。
弾が無くなってつまらなそうな顔をしてる隆吉を、周平はいきなり引寄せて、膝の上に腰掛けさした。痩せた軽い身体だった。隆吉は変にもじもじしていたが、ふいに飛びのいて、周平の背中につかまってきた。周平はそれを負《おぶ》って、のっそり歩きだした。
「僕ね、お父さんにもお母さんにも負《おぶ》さったことがないんだって。」
そして隆吉は肩の手にぐっと力を入れた。周平が黙ってると、暫くして低い声で云った。
「人の前でお父さんやお母さんのことを云っちゃいけないんだって、本当かしら?」
「誰がそんなことを云ったの。」
「お祖母《ばあ》さんが云ったよ。」
「そう。だが僕にならいくら云ってもいいよ。」
然し隆吉はもう何とも云わなかった。手と足とで彼の背中に強くしがみついてきた。彼はそれを長く下《おろ》さなかった。急な坂の曲りくねった小径を下りつくして、息が苦しくなった時に、後ろへ廻した手をゆるめた。隆吉はぴょんと飛び下りて、ひょろ長い首で重そうな頭を少し傾《かし》げながら、何気ない様子で池の中を覗き覗き歩いた。
「鯉は何処にいっちゃったんだろう。」
池の面《おもて》は、長い物影を宿して黝ずんでいた。西に沈んでゆく日の光りが、眼に見えるように感じられた。
「もう帰ろう、遅くなるから。」
隆吉は返辞もせず首肯《うなず》きもしなかったが、周平と一緒に足を早めた。二人は水禽の檻の前をもすたすた通り過ぎた。
電気や瓦斯の火がともるに間もない薄ら明りだった。慌しい街路の雑沓に巻き込まれると、隆吉は肩をすぼめて寄り添ってきた。周平も其方へ身を寄せて歩いた。
彼の頭の中ではもう、お清のことも保子のことも遠くへ距っていた。手に触れる隆吉の身体から、吉川のことがじかに胸へ響いてきた。吉川の手記が一句一句はっきり思い出された。彼は隆吉をひしと抱きしめたいような心地で、それでも何かに駆り立てられるような心地で、隆吉の手を取ってぐんぐん歩いた。心の底で、吉川の轍を踏むものか! と叫んだ。眼に涙がにじみ出てきた。
隆吉を送り届けると、周平はそのまま帰ろうとした。それを、保子の影深い澄んだ眼でじっと見つめられた。躊躇してると、何処を掴んでいいか分らないような横田の態度に出逢った。
「君が帰ると晩酌《ばんしゃく》の口実がなくなっていけない。女や子供ばかりを相手にしないで、たまには僕にもつき合ってゆくさ。」
その前に周平は自然と頭を垂れた。そして、夕飯の御馳走になり、取留めもない冗談を聞かされ、将棋を二三番さして、それから辞し去った。
霜が降《お》りていそうな寒い夜を帰ってゆく途すがら、彼は対象の分らない漠然とした感激に包まれた。何物もない自分自身がいとおしかった。
三十九
夕方少し霙《みぞれ》が降ってすぐに晴れた寒い晩だった。周平は村田や橋本など三四人の友人と、蓬莱亭の階下の室で雑談していた。熱い酒を飲んでも、煖爐の側に身を寄せていても、すぐに足先からぞくぞくした寒さが伝わってきた。妙に話がはずまなかった。
その時、表からふいに飛び込んで来た男があった。扉をばたりと後ろに閉めて、つかつかとこちらへやってきた。それが竹内だった。
周平はぎくりとした。竹内も一寸狼狽したらしかった。が彼はすぐに、見開いてる輝いた眼を、金縁眼鏡の下に笑いくずしながら、皆の中にわり込んできた。
「馬鹿に寒い晩だね。外を歩いてると堪らなくなって、飛び込んできちゃった。」
「一人だったのか。」と村田が云った。
「え?」と竹内は怪訝な顔をした。
「一人とは珍らしいね。」
「なあに、いつも一人さ。井上君のようなわけには行かないよ。」
そのあてつけが周平は癪に障った。竹内はいつも、文士の誰かにくっついてるか、または友人の誰かと一緒になっていて、決して一人のことがないというのが、彼等の間の定評だった。竹内自身もそれを知ってる筈だった。そして、村田が云ったのは確にその意味に違いなかった。それを彼は変に皮肉にねじまげて、暗に周平を揶揄してきたのだ。周平はじっと彼の顔を見つめてやった。彼は素知《そし》らぬ顔をして隣りの者の杯を引ったくっていた。
「兎に角、内部から温めるに限る。」
そして彼は、三四杯たて続けに飲んで、それから勝手に皆の数だけ、ホット・ウイスキーを命じたりした。
竹内の冗談口《じょうだんぐち》に、会話は俄にはずんできた。彼はいろんな方面にもぐり込んでるだけに、単なる学生である皆の知らないような話を、いくつも持っていた。その上、彼はその晩変に饒舌だった。一人で会話を奪っていった。白っぽく取澄した顔をしてお清が
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