、いやに頑丈らしく下品に見えた。額から蟀谷《こめかみ》へかけた小皺が、脂を浮かして気味悪く光っていた。
周平は眼を外らして杯を取り上げた。
「特別にお酌してあげるわ。」とお清は云った。
「特別にでなくても普通にで沢山だよ。」
「分らない人ね。」
ぐるりと顔をねじ向けて、顎と口とでつんと澄した、その様子に、周平は突然心を惹かされた。
「おい、村田、」と彼は云った、「二人がかりでお清ちゃんを酔い潰してみようじゃないか。」
「そう、」とお清がそれを引取った、「その代りに介抱して下さるわね。」
彼女は杯を受けて、それからなお二三杯飲んでいたが、突然何か思い出したらしく、慌てて立ち上った。
「待っていらっしゃい。今じきに来るから。」
扉をがたりと閉めて出て行った。
「ひどい奴だね。」と村田は云った。
それが彼女の態度のことなのか扉の閉め方なのか、周平には分らなかったので、黙って見返すと、村田はまた云った。
「初めに戻って、二人でゆっくり飲もう。」
然し、お清が立去ってしまった後の空虚が、何となく室の中を淋しくなしていた。周平は黙って杯を手にしながら、彼女のことを考えた。
「君、お清は一体幾歳《いくつ》になるんだろう。」と周平は突然尋ねた。
「さあ、幾歳かな」と村田はどうでもいいという返辞をした。
「僕には、二十《はたち》くらいに見える時もあれば、また大変|老《ふ》けて、二十五六にも見える時があるんだが……。」
「じゃあその間の二十二三にしておけばいいじゃないか。」
然し周平にとっては、彼女の年齢が一つの問題だった。英子と彼女と同一人だとするならば、どうしても彼女が三十歳近くでなければならなかった、隆吉という子があるのだから。と云って、彼女を三十歳か少くとも二十六七歳にするには、あまり可哀そうな気もした。顔の上半分が老けてるにも拘らず、下半分に現われてる溌溂とした若さは、単なる扮飾だけで得られるものとは思えなかった。
二人はもう別に話をするでもなく、黙って杯の数を重ねた。
お清がまたやって来た時、村田はふと思い出したように尋ねた。
「君は一体|幾歳《いくつ》になるんだい。井上が大変それを気にしてたぜ。」
「そう。幾歳に見えて?」
「井上の眼には、丁度だってさ。」
「丁度、嬉しいわね。」
「冗談じゃない、桁《けた》が違うんだ。」
「え?」
「桁……というんじゃないのかな。一周上《ひとまわりうえ》というのさ。」
「それじゃ三十というの。」と彼女は微笑の口を尖らしてみせた。「どうせそうなんでしょうよ。お婆さんは引込んでろって謎でしょうよ。」
そして扉をがたりと閉めて出て行った。
それでも、彼女は間もなくやって来た。そしてはまたすぐに出て行った。ちっとも落着いていなかった。他に気兼ねすることでもあるのかと思えるほどだった。それが周平の気分を苛ら苛らさせた。彼女が居ない淋しさに浸ることも出来なければ、彼女が居るぱっとした明るさに和することも出来なかった。蔭と日向とが交代にやってくるようなちぐはぐな気持のうちに、酒がいやに頭へばかり上ってきた。そして足先からぞくぞく冷《ひ》えてきた。
村田は饒舌り疲れたのか、長椅子の上に身を反らせて、天井の電燈をまじまじと眺めていた。
「もう帰ろうか。」と周平は云った。
「うむ。」
村田はすぐに応じたが、やはり身を動かさなかった。暫くして云った。
「何だか今晩は変につまらない晩だね。」
それが、こんな処へ誘われてきた不満の声のように周平には聞えたが、何とも返辞をしたくなかった。
呼鈴の音でやって来たのは最初の女中だったが、勘定書を持って来たのはお清だった。
「もう帰るの。」
「ああ、」と村田は答えた、「つまらないから他《ほか》で飲み直すんだ。」
「どうぞ御勝手に。」とお清は云い捨てておいて、周平の方へ向いた。「こんどゆっくりいらっしゃいよ。一人でね。」
耳許で俄に低く囁かれた最後の一句が周平の耳にまだ響いている時、村田は振り返って大声に云った。
「おいおい、人前で耳打ちをするって奴があるか。」
「そう、御免なさい。」
と答えて彼女が、じろりと村田の方へ意味ありげな眼付を投げたのを、周平は顔が赤くなるのを感じながらも認めて、それが変に気にかかった。そしては却って、彼女の方へ心が惹かされていった。
三十三
周平は次第に、蓬莱亭へ足繁く通うようになった。金がない時には友人と一緒に、金がある時には一人で行った。最初一人で行った時には、実際酔っ払ってもいたし、酔いの中に自ら自分をつき放してもいたので、大胆に三階へ上っていって、長椅子の上に身を投げ出したまま、お清を相手に暫く無駄口を利いていたが、ふとそうした自分自身に気がさして、間もなく帰っていった。そのことが後で気分にこだわっ
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