殆んど公然の事実みたいになっていました。
彼女は背が高く、体躯が細そりとして、眼の動きが敏活であり、もう四十歳ほどなのに、若々しい肌色をしていました。そしてこの市井の一未亡人は、各方面につまらない用件を発見することにかけては、稀有の才能を具えていましたし、実につまらないその用件も、彼女の口に上せられると、なにか心にかかる趣きを呈するのでした。そのようにして彼女は、各方面に知人を作っていましたし、凡そ権力のあるところ、富力のあるところ、野心のあるところには、彼女の姿がしばしば見受けられました。ホテルの食堂などにも彼女はよく出かけましたし、ダンスも相当以上に巧みであることが、ボーイ達には知られていました。然し上流の社会にとっては、彼女はただ中流婦人に過ぎませんでしたし、少しく清潔でないそして少しくうるさい有閑婦人に過ぎませんでした。
そういう陳慧君のもとで、柳秋雲は少女時代を過し、学校に通い、それから化粧法や料理法も覚えましたし、特に歌曲をも教わりました。また、陳慧君のところにはいろいろな来客が多く、秋雲はいろいろな談話を聞きました。そして十七歳になった時、彼女は十ヶ月ばかり荘家で暮す
前へ
次へ
全45ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング