者も出生地も不明な全くの孤児で、陳慧君の許で養女なみに扱われておりました。伝えるところに依りますと、嘗て、陳慧君が太沽に行った折、港の岸壁の上で、果物や煙草の露天店の番をしている六七歳の少女を見かけましたが、ふと、その怜悧そうな眼差と気品ありげな顔立とに気を惹かれて、そこに立止ってしまいました。やがて、露天店の主人らしい爺さんがやって来まして、果物や煙草をすすめますと、陳慧君は頭を振って、少女のことを尋ねました。
「この子は、売り物ではございません、預り物でございまして……。」と爺さんは答えました。
そしてその預り物の取引の話が初まったのでありますが、爺さんの語るところでは、少女は一年ほど前、港のほとりをただ一人でさ迷っていたのを、或る船乗りに拾いあげられましたが、その船乗りが大きな貨物船に乗りこんで出かけます折、少女を爺さんに預けたのでありました。ところで、船乗りはそれきり戻って来ませんし、少女はまだ自分の身元を覚えていませんし、爺さんは処置に困りましたが、そのうちには誰かが探しに来るかも知れないと夢のような考えのうちに、港の露天店に毎日連れ歩いてるとのことでありました。
「ですか
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